医学部附属病院の研修内容

学閥
歯学部を卒業し、筆者は東北地方に所在する某大学医学部附属病院の口腔外科学講座に入局しました。”医学部”附属病院ですから、そこには”歯学部”はありませんでした。ですので、そこに集まってくる先生は、すべて母校が異なっていました。”歯学部”附属病院なら、母校優位な学閥があったかもしれませんが、ここにはそうした閨閥はありませんでしたので、しがらみにとらわれることなく、平等に指導してもらえたのだと思います。感謝の限りです。

恐怖の看護師
研修は、病棟業務を中心として行なわれました。文字通り、本当にわけのわからない状態でした。知らない診療科、聞いたこともない病名、舌を咬みそうな薬名、指導医の先生に、それこそかわいく言えばカルガモの親子、有り体に言えば金魚の糞よろしくついてまわり、院内を右往左往した研修期間でした。
当然、入院患者は土日も入院しているわけですから、病棟回診は土日も行なわれており、休みなく病院に通っていました。当直もありましたし、デートの最中に、病院に呼ばれたこともありました(笑)。
病院の看護師は怖かったですね。口では「先生」と呼んでたててくれていますが、とても怖い。変なことをしないか、何する気なのか?、などと、こちらの一挙手一投足を見ています。”監視”といってもいいくらいです。百戦錬磨の指導医の先生達にも研修医の時代はあったわけで、その頃からいた様な古参の看護師達は、指導医の先生達の若かりし頃のことをすべからく熟知しているので、指導医の先生も頭が上がりません。看護師の機嫌を損ねたら、教えてくれないものですから、物品の場所すらわからないなんてこともありました。

ポケベル
昔、「ポケベルがならなくて」という歌がありましたが、筆者の研修当時はまだ、ポケベルの時代でした。 今の若い先生達は、その存在を見たこともないでしょう。 断っておきますが、携帯電話はもちろんありましたよ。画面は白黒でしたが・・・、携帯電話がなかったわけではないのであしからず。
ところで、ポケベルを白衣や普段着のポケットに忍ばせています。24時間肌身離さず持ち歩きます。ポケベルは時と場所を選ばない無粋な道具です。どこでもこちらの事情に関係なく鳴るわけですから。この無粋なポケベルですが、この番号を知っているのは病院関係者だけですから、その理由を考えるとこれが鳴るとドキッとしたものです。

指導医
研修医は、前述の様に指導医につきっきりです。それこそ金魚の糞みたいなものです。なにしろ、あまりにも経験がなさ過ぎて、自分では何も判断できず、何も決められませんから。
そんな研修医にとっては、指導医は神様みたいなものです。舌を咬みそうな器材や病名、長ったらしいカタカナの薬名が澱みなくすらすらと話せるところだけでも、尊敬のまなざしで見てしまいます。今思えば、なんてことありませんが・・・。
そんな神様ですが、筆者にすれば鬼の様に怖い存在でした。当直の日に、「糸結び1000本!!」などと命じられた時は、寝る間も寸暇も惜しみ結び続けたものです。10年以上経った今でも、宴席などで隣になると心臓がドキドキします。本当は優しい先生なんですよ。ただただ厳しかったのです。出来の悪かった研修医だっただけ、余計に手間がかかったであろうと思われ、頭が下がる思いです。
ところで、気がつけばその当時の指導医の年齢を超えている自分がいます。齢を重ねているうちに、研修医を指導する立場になっているわけです。以前、筆者が指導してもらっていた時の様に、後輩を指導することが出来ているんでしょうか。優しくしているつもりですが、筆者が思っていたように、研修医にとって怖い存在なのでしょうか?恐ろしくて未だ聞けていません。

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