喜多方 日本遺産 会津の三十三観音をめぐる 最初に。

会津の三十三観音が日本遺産に認定されました。

 

会津は、”仏都会津”と呼ばれるほど寺院が古く、しかも多いんです。

 

三十三観音参りは、かつては農村部のご婦人たちが、講をつくり、農作業の閑散期に、信仰と息抜きを兼ねて、札所巡りをしていたと

伝えられ、現在も”観音講”の形は続いています。

 

農家に嫁に行き、(ほぼ自動的に)地域の観音講に入り、熱塩温泉に泊まり、バスや大型ハイヤーで

一日で三十三観音を巡ってきた!!という友達が、とりあえず、3人います。

 

一日で三十三観音すべてをまわるには、専門家、地元のタクシー会社に頼むのが一番です。が、それでも早朝からまわりはじめて、

左下りの階段を下る頃は、足元が見えなくなるほど暗くなってしまった、とうちの実家の母が言ってました。

御朱印を頂いたり、御詠歌を歌ったり、お土産を買ったり・・

昔も今も、ワイワイといわば”女子会”していたわけですね。

 

まわるコースは、喜多方ですと、熱塩温泉に泊まって、”振出し熱塩”で、第5番の”熱塩観音”から始まります。

番号順にまわると、あまり効率的ではないようです。

 

タクシーでもまわってもらえますが、一日貸し切りになってしまいますので、仲良し3,4人は集めたほうがよさそうです。

 

 

さて、三十三観音の御詠歌ですが、この札所巡りのほかに、お葬式の後にも詠んでいました。

”歌詠み”

 

昔は、自宅での葬儀でしたので、葬儀が終わり、親族・手伝いの人たち夕食の片づけが終わると、

近所のお手伝いのお母さんたちが鐘を鳴らしながら、みんなで一番から番外”柳津”までを詠むのですが、

”歌う”に近いでしょうか?

一番前に座り、鐘(りん)をたたく人にあわせて、独特なリズムで読んでいきます。

これは地域地域によって、微妙に違いがあり、とくに鐘のテンポは町場に行くほど早くなり、

山間部のリズムは、とてもゆっくりで、正座した足がしびれて感覚がなくなるころ、ようやく番外につきます。

 

これを7日ごとに繰り返します。49日までだった気がします。

 

今は、葬式も葬儀場で行われることが多くなり、町うちでは、夕方歌詠みに集まるのも難しくなって、

鐘(りん)をたたける人もだんだんと少なくなり、山間部では高齢化も進んでいるので、

CDが出ているはずです。

すこし寂しいですね。

 

 

 

 

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